また来るよ
白石城へ
片倉小十郎をご存知でしょうか??
伊達政宗の右腕として戦国の世を駆け抜けた武将です。
ある時、政宗が疱瘡の為に失明した右目の肉片が大変醜くなった為、
それを潰すように家臣達に命じ、誰もが主君の顔に刃を向けることを
恐れた中、片倉小十郎は小刀をもってそれを潰したのだという。
その後の小十郎の活躍ぶりに、政宗の右眼とも呼ばれたらしい。

片倉家の居城、白石城

ん??何故ここに真田の甲冑が??
大阪夏の陣での活躍ぶりを見て、敵の武将真田幸村が小十郎に自分の子供達の
保護を申し入れたとある。 その中の一人が後室となったお梅らしい。

片倉小十郎に宛てた政宗の書。 白石城を与えるとの旨が記されているらしい。

天守閣より大手門を望む
小十郎に関する逸話は数多い。
妻が懐妊した際、当時政宗に子供がいなかった事から、実子を殺害しようとして、政宗に
止められた話や、豊臣秀吉や徳川家康が小十郎を自分の家臣にしょうとした申し入れにも
政宗への忠義からこれらを断ったとある。
明治時代に入り、片倉家は北海道開拓の為、北海道に移住。
しかし寒冷地の開拓は容易ではなく、多額の北海道開拓資金を捻出する為に、白石城を
売却して開拓費用にあてたらしい。
札幌市にある白石区がその由来か・・・
こんなところで札幌との意外な関係を知ることに。
この場所に来たがっていた歴史好きの娘に感謝です^^;
伊達政宗の右腕として戦国の世を駆け抜けた武将です。
ある時、政宗が疱瘡の為に失明した右目の肉片が大変醜くなった為、
それを潰すように家臣達に命じ、誰もが主君の顔に刃を向けることを
恐れた中、片倉小十郎は小刀をもってそれを潰したのだという。
その後の小十郎の活躍ぶりに、政宗の右眼とも呼ばれたらしい。

片倉家の居城、白石城

ん??何故ここに真田の甲冑が??
大阪夏の陣での活躍ぶりを見て、敵の武将真田幸村が小十郎に自分の子供達の
保護を申し入れたとある。 その中の一人が後室となったお梅らしい。

片倉小十郎に宛てた政宗の書。 白石城を与えるとの旨が記されているらしい。

天守閣より大手門を望む
小十郎に関する逸話は数多い。
妻が懐妊した際、当時政宗に子供がいなかった事から、実子を殺害しようとして、政宗に
止められた話や、豊臣秀吉や徳川家康が小十郎を自分の家臣にしょうとした申し入れにも
政宗への忠義からこれらを断ったとある。
明治時代に入り、片倉家は北海道開拓の為、北海道に移住。
しかし寒冷地の開拓は容易ではなく、多額の北海道開拓資金を捻出する為に、白石城を
売却して開拓費用にあてたらしい。
札幌市にある白石区がその由来か・・・
こんなところで札幌との意外な関係を知ることに。
この場所に来たがっていた歴史好きの娘に感謝です^^;